雨の日のコインパーキングや、狭い立体駐車場。「今の時代、軽自動車でもキーロックと連動してミラーが閉じるのに……」と、傘を差しながら濡れた手でサイドミラーを畳む瞬間に、ふと惨めな気持ちになったことはありませんか?
せっかく手に入れた憧れのNDロードスター。走り出せば最高の相棒ですが、車を降りるその一瞬だけ、「不便な車」という現実に引き戻されてしまう。そのストレス、痛いほど分かります。私もNDが納車された直後、まったく同じことを考え、ネットで「自動格納キット」を検索した一人ですから。
結論から申し上げます。NDロードスターを、市販のキット等で手軽に電動格納ミラー化することはできません。
なぜなら、そこには物理的な構造の壁と、マツダの開発陣が込めた「狂気」とも言える設計思想があるからです。この記事では、なぜ電動化できないのか、その5つの決定的な理由を詳しく解説します。ネット上の誤った情報からあなたの財布を守り、その「不便さ」を「誇り」に変えるための真実をお伝えします。
・NDにはモーターがなく、市販キットは絶対に使えません
・電動化しない理由は、走りのための徹底的な「軽量化」です
・無理な改造は高額かつリスクが高いためおすすめしません
・手動格納は不便ではなく、スポーツカーを操る「誇り」です
【結論】NDロードスターの電動化が「不可能」である3つの物理的理由

まず、Amazonや楽天などのECサイトで「NDロードスター対応」と謳われている数千円程度の「自動格納キット」が、なぜ全く役に立たないのか。その物理的な理由を3つのポイントで解説します。
理由1:ドアミラー内部に「格納用モーター」が搭載されていない
これが最大の理由です。一般的な「電動格納ミラー」は、ミラーの内部に「格納用モーター」と「ギア」が内蔵されています。しかし、NDロードスターのドアミラー内部には、そもそもこの「格納用モーター」が存在しません。
全グレード(S, S Special Package, RS, RF, 990S)において、ミラー内部は空洞か、手動で倒すためのバネ機構しか入っていないのです。
NDロードスターと自動格納キットは、根本的に「不適合」な関係にあります。 モーターという「筋肉」がない腕に、いくら電気信号を送っても、腕が動くことは物理的にあり得ません。
理由2:市販の「自動格納キット」は信号を送るだけで駆動できない
ネットで売られている「自動格納キット」の正体をご存知でしょうか? あれは、「元々ボタンで電動格納できる車」に割り込ませて、「キーロックされたら『閉じるボタン』を押したことにする」という信号を送るだけの制御装置です。
つまり、キット自体にミラーを動かす動力はありません。
「ND対応」と書かれている商品は、汎用品を販売する業者が適合確認をせずに記載しているか、あるいは「電動鏡面調整(鏡の角度を変える機能)」と「電動格納(ミラー全体を畳む機能)」を混同しているケースがほとんどです。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: ネット通販で「NDロードスター用 自動格納キット」を見つけても、絶対に購入ボタンを押さないでください。
なぜなら、この点は多くのオーナーが「まさかモーター自体が入っていないとは」と見落としがちで、内張りを剥がして配線作業をした後に絶望するケースが後を絶たないからです。その数千円と作業時間は、ガソリン代に使って走りを楽しむ方がずっと有意義です。
理由3:海外仕様や最新モデルを含め、純正パーツが一切存在しない
「日本仕様だけコストダウンされているのでは?」と疑う方もいるかもしれません。しかし、北米仕様(Miata)も欧州仕様(MX-5)も、すべて手動格納式です。
また、大幅改良された最新のND2やND3といったモデルでも、この仕様は変更されていません。つまり、世界中どこを探しても、ポン付けできる「純正の電動格納ミラー部品」自体が存在しないのです。これにより、純正部品を取り寄せて交換するという「純正流用」の道も閉ざされています。
なぜマツダはNDロードスターミラーを電動化しなかったのか?開発背景と現実的なリスク
「高級車並みの価格なのに、なぜモーターひとつケチったのか?」そう思われるかもしれません。しかし、これはコストダウン(手抜き)ではありません。ここからは、開発者の意図と、無理やり電動化することのリスクについて解説します。
理由4:1gを削る「グラム作戦」において、1kgの重量増は許されない
NDロードスターの開発コンセプトは「原点回帰」。初代NA型のような軽快な走りを実現するために、マツダは「グラム作戦」と呼ばれる徹底的な軽量化を行いました。
ボルトの頭を数ミリ削り、内装の樹脂を極限まで薄くし、サスペンションのアームに穴を開ける。そうやって1g単位の贅肉を削ぎ落としていく中で、左右合わせて約1kg以上もの重量増となる「電動格納ユニット(モーターとギア)」は、真っ先に排除の対象となりました。
山本修弘主査とグラム作戦は、切っても切れない関係にあります。 山本主査は、快適装備よりも「人馬一体の走り」を優先するという、スポーツカーメーカーとしての矜持を貫いたのです。
「NDは、守るために変えていく」
「軽さは性能です。1gでも軽くするために、我々はあらゆる部品を見直しました」出典:マツダ ロードスター 開発者インタビュー(マツダ株式会社)
もし、あなたのNDロードスターに電動格納ミラーが付いていたら、その車は今よりも1kg重くなり、あのヒラリと舞うようなコーナリングの切れ味は、わずかに、しかし確実に鈍っていたはずです。
理由5:唯一の手段「他車種流用」は、故障リスクと高コストの三重苦
「それでも電動化したい」という場合、唯一残された道は、CX-5やアテンザなどの他車種用モーターを無理やり移植する「流用加工」です。しかし、これは以下の理由から現実的な解決策とは言えません。
- 超高難易度の加工: ミラーハウジング内部を削り、防水ゴム(グロメット)の隙間に配線を無理やり通す必要があります。
- 高額なコスト: 部品代と工賃で10万円〜15万円コースです。
- 故障リスク: 加工精度が悪ければミラーが脱落したり、配線ショートによる車両火災のリスクさえあります。
CX-5用モーターと流用加工は、ND電動化における唯一の解決策ですが、同時に極めて高リスクな選択肢です。
📊 比較表:手動格納(純正) vs 電動化(流用加工)
| 項目 | 手動格納(純正仕様) | 電動化(CX-5等流用) |
|---|---|---|
| 費用 | 0円 | 50,000円〜150,000円(部品代+工賃) |
| 重量 | 最軽量 | 約1.5kg増(フロントオーバーハング重量増) |
| 信頼性 | 故障知らず | 加工精度による。故障時はASSY交換のリスク大 |
| 施工難易度 | ― | 超高難易度(ハウジング切削・配線新設) |
| 得られるもの | 走りの純度・儀式の誇り | 日常の利便性・自己満足 |
苦労して電動化しても、得られるのは「普通の車と同じ機能」だけであり、失うのは「1kgの軽さ」と「純正の信頼性」です。
NDロードスターの電動ミラー化に関するよくある質問
海外仕様(MX-5)には電動格納ミラーが付いている?
いいえ、付いていません。北米仕様(Miata)も欧州仕様(MX-5)も、すべて手動格納式です。世界中どこを探しても、純正の電動格納ミラー部品は存在しません。
スマートトップ(ルーフ開閉キット)でミラーも操作できる?
いいえ、動きません。スマートトップはルーフの開閉を制御する素晴らしい製品ですが、前述の通りミラー側にモーターがないため、信号を送ってもミラーは動きません。
最新のND2やND3なら電動化されている?
いいえ、最新モデルでも手動格納のままです。マツダは年次改良で様々な進化を加えていますが、「軽量化」というコアバリューに関わるこの部分については、あえて変更していません。
まとめ:不便さを愛せ。手動格納はNDロードスターオーナーだけに許された「儀式」である
NDロードスターに電動格納ミラーが付かない理由、お分かりいただけたでしょうか。
- モーターがない: 物理的に空洞である。
- キットは無意味: 信号を送る相手がいない。
- 純正部品がない: 世界中どこにも存在しない。
- グラム作戦: 1gを削るための積極的な排除。
- 流用は高リスク: コストとリスクが見合わない。
これらはコストダウンでも手抜きでもなく、「走る歓び」を守り抜くための、マツダ技術陣の譲れないこだわりでした。
次に車を降りる時、ぜひこう考えてみてください。
あなたが手でミラーを畳むそのひと手間。それは、単なる作業ではありません。「私は今、快適性よりも走りを優先した、本物のスポーツカーに乗っているんだ」ということを確認するための、大切な儀式なのです。
雨の日、濡れたミラーを手で畳むあなたの姿は、決して惨めではありません。それは、軽さを愛するエンスージアスト(熱狂的なファン)だけが許された、最もスマートで美しい所作なのですから。
さあ、今日も誇りを持って、そのミラーを手で畳みましょう。
参考文献
- マツダ ロードスター 電子取扱説明書 – マツダ株式会社
- マツダ ロードスター 開発ストーリー – マツダ株式会社



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